BizHint掲載:2023年2月16日 後編

BtoBの下請けからBtoCの自社サービスへと業態変更することで窮地を乗り越えた運送会社・株式会社ハーツ。しかしそれも束の間、ある日、社員全員が退職するという大事件が起こります。周囲から山口社長に向けられる2度目の「山口、もう終わったな」でした。しかし、1度目の大失敗で死を意識した社長の信念は揺らぎませんでした。借金が1億円に上ろうとも常に前を向いて進み、2022年にはパリ・サンジェルマンの日本ツアーの荷物の運送を一手に引き受けるまでに。その歩みを伺いました。

株式会社ハーツ 代表取締役 山口 裕詮 さん

ヒットした新サービス。メディアに出る度に周辺業者から嫌がらせ

ーー「トラックに特化したレンタカー」と「プロドライバーによる運転サービス」を組み合わせた「レントラ便」の誕生で、会社が上向いてきました。(詳細は前編)

山口:BtoCで一般のお客様への認知を広めることの難しさを痛感していた時、とあるウェブメディアでレントラ便を取り上げていただきました。その記事から飛び火するように、テレビをはじめ多くの取材依頼が舞い込みました。

しかしこれが決して喜んでばかりはいられない状況を生み出しました。というのも、メディアに取り上げていただく度に、他業界の団体やライバル企業からのネガティブキャンペーンが始まったんです。「レントラ便は違法行為だ!」とまで言われました。もちろん、合法です。

当社に直接意見いただく分には、その場で説明できるのですが、本当に困ったのは誤った情報をもとにした行政機関への情報提供でした。それが独り歩きして、陸運局から「特別監査します」と連絡が来るんです。ことあるごとに、いわれのない情報提供を発端に説明を求められ、同じ説明を何度も繰り返しました。

そんな中で、一番ひどかったのはとある役所の対応でした

「レントラ便は違法なんじゃないですか?貴社に出した支援を取り消しますよ」と迫られたんです。その支援を受けていれば、お金を借りやすくなったり、様々な助成金・支援を受けられるというものです。それをいきなり、取り消すと。

1時間ほど電話でやり取りしても埒が明かない。「じゃあ、結局どうしたらいいんですか?」と聞きました。

ーー役所の答えは? 

山口:「国の、国交省の言質を取ってくるように」と。電話を切ったその足で、すぐに国交省に向かいました。

国交省の各出先機関とはそれまでに何度もやり取りしていますが本省は初めてでした。国交省の担当者4人に事情を説明し、「違法性なし」と言質を頂き、名刺をもらってその役所にFAXを送りました。そして国交省の担当者と電話で話してもらって、ようやく終わりました。こんなことがあるのです。

正直「なんでこんなことをしなければいけないんだ」と思いました。でも、業界に風穴を開け、これまで誰もやらなかったことをやるというのは、結局そういうことなんだと悟りました。やっかみや反発、いわれのないクレーム?いやがらせ?が当たり前に来るのだと。

イケアからの打診に心が動くも、ゴールだけを見て断る 

ーー資金面ではいかがでしたか? 

山口:自転車操業が続いていましたが、レントラ便自体は伸びていたので「お金を借りても返せるだろう」「損益分岐点を超えるのは時間の問題」という確信がありました。

自社サービスだと、自分で料金を決められます。これは利益率が全然違いました。また業務の調整や、取引条件などその時々の柔軟な判断も格段にやりやすくなりました。

ただそうは言いながらも、一度だけ、昔やっていたBtoBの仕事に気持ちが揺れたことがあります。

それがイケアさんからの相談です。2011年でした。大型店舗をオープンさせたところ配送機能がパンクしてしまったということで、繁忙期限定で当社に下請けとして当日配送をやってもらえないか?と大口契約の打診をされたのです。

これは本当に本当に迷いました。(イケアさんには本当に申し訳ないのですが)僕にとっては、まさに悪魔のささやきでした。この話が来たとき、社員も「お洒落なイケアさんと仕事ができる!」と心が動いたようでした。

ただ僕としては、今までいろいろなことを乗り越えながら「脱下請け」を目指してやってきたわけです。最終的にはスタッフ全員と話し合い「たしかに売上は増えるかもしれないけれど、やっぱりうちはBtoBはやらない!」と結論を出しました。

「僕たちは自社ブランドでやっていく。そのゴールだけを見る」と宣言して、わずかに残っていたBtoBへの未練めいた思いを断ち切りました。もう過去は振り返らない、と。

社員全員が突然、退職。2度目の「山口、終わったな」

ーーレントラ便が伸び、経営としては上向きになっているように思えます。

山口:はい。そのはずだったんです。でもある日、それがひっくり返ります。社員全員が突然「辞める」と言ってきたのです。

2014年、忘れもしません。舛添さんが都知事選への立候補を表明した日でした。今もその時の光景・衝撃が、舛添さんのニュース映像と重なって頭から離れません。

当時のナンバーツーからもらった書面には、「社員全員で組合を作った。年内で社員全員、辞めます」と記されていました。

ーー退職の理由は何だったのでしょうか?

山口:一番大きかったのは休みの問題でした。BtoBでやっていた頃は、土日が必ず休みだったんです。それがBtoCのレントラ便へと業態を変えてきたことで、土日が忙しくなりました。そこで「定休日なし」に就業規則を変えたのですが、BtoBの時代からいてくれた社員は土日休みに慣れていて

双方に言い分はありました。「社長が独断で決めた」と言われましたが、僕としては前々から話し合いを重ねて、説明を尽くしてきたつもりでした。気付けば僕と、ナンバーツーをはじめとした社員全員とに、会社が分かれてしまったのです。

そして、僕一人になりました。本当に一人ぼっちです。もう、頭が真っ白でした。

ーーどうされたのでしょう? 

山口:応急処置として、同業の友人や異業種の経営者仲間に現場をお願いしたり、電話の転送などの協力を依頼しました。一時はHPから電話番号とメールアドレスの削除もしました。もちろん人材募集も出しましたが、僕1人で現場と事務作業の両方をやるしかない時期が続きました。

でも、今だから言えるというのも半分ありますが、仕事の量はものすごかったものの、最初に死を覚悟したときよりは楽でした。会社とレントラ便と「心中」することは腹に決めていて、もう後はやるだけだったので。

全部自分でやりました。資金に余裕があれば色々なことを人に頼めるんですが、売上も足りないし赤字ですので自分で全部やらなきゃいけない。ホームページも自分で改修して、時間がまったく足りませんでした。その後3年くらいは、事務所にずっと寝泊りしていましたね。

会社のある品川・立会川駅前に建つ坂本龍馬像と山口さん。「レントラ便」と心中する覚悟で向き合ってきた。

ーー2度目のピンチで得た教訓はありますか?

山口:「人」について考えるようになりました。せっかくゴールを見定めて新たなビジネスは創出できたけれども、今度は人の問題でつまずいてしまった。

先輩経営者にも相談を重ね、就業規則を見直しました。まずはそれらを整備して、求人を出しました。

我々のような労働集約型のビジネスでは生産性を上げることは本当に難しいですね。働いた時間と売上の相関がとても強く、単価を上げられればとなりますが、おいそれと値上げは難しい。ただ、そこで社員の働き方を適正なものに保つのが就業規則です。

会社を成長させるためには、ビジネスの変化に応じて、節目節目で就業規則を見直し、会社として働き方を最適化していくことが必要だと思います。そして失敗を経て心底思うのは、社員との会話をもっと増やす必要があったのだろうな、ということです。

就業規則という形あるものも大事ですが、それに加えて、普段のコミュニケーションが足りていなかったのかもしれない。心がけていたつもりだったのですが、もっと、自分が思う以上に必要だったんだろうな、と

ーー運送業界として、社員の定着は課題ですよね。

山口:そうですね。ただ一つの正解、のようなものをお話しすることはできないのですが、僕としては「給料以外のやりがい」がすごく大切だと思うんですよ。

ドライバーの多くは、基本的に外で一人で仕事をしています。例えば仕事中に誰かから感謝やねぎらいの声をかけていただくだけでも、「自分は誰かに認められている。誰かを幸せにする仕事をしているんだ」という実感が持てると思うんです。下請けではなく、自社サービスということも含めて。

もともとやっていた下請けのBtoBでは、これが本当に難しかった。元請けの制服を着て出勤、退社も元請け会社から直で。社内の誰とも接しない日もあり「誰がやっても一緒」という気持ちになることだってあります。でもBtoCの仕事をやって、この部分は大きく変わりました。直接お客様と接して、言葉も交わしますし、時にはジュースやチップを頂くこともありますので。

当社では、お客様に「お客様の声」を書いていただく取り組みをしています。「お客様の声」をいただければ、担当したドライバーにはインセンティブが発生します。ですのでドライバーは、書いていただけるようお願いしますし、もちろんポジティブなコメントを書いてもらえるようにがんばります。そして実際に、お客様からの感謝の声を目にすると、本当にうれしいものです。

サービス向上や社員のモチベーション向上のために続けている「お客様の声」。

業界に風穴を開けた新サービスが、パリ·サンジェルマンの荷物を運ぶ仕事に繋がる

ーーレントラ便の発展形ともいえる「東京ポーターサービス」も好評ですね。

山口:2015年に開始したサービスです。トラックを貸し切り、ホテル間や羽田・成田空港や東京駅を利用される団体客の手荷物を一時預かりして、当日中に目的地まで運搬します。

つい先日、メッシやエムバペ、ネイマールなどが所属する「パリ·サンジェルマン日本ツアー2022」で、選手やスタッフの荷物を9日間運ぶお仕事をさせていただきました。トラック32台で、バックヤードの運搬すべてを担当しました。日程が迫る中で、これだけの規模のものを柔軟に対応できる業者が他になく、お声がけいただきました。これは本当にうれしかったですね。

015年に開始した「東京ポーターサービス」では、「パリ・サンジェルマン日本ツアー2022」のバックヤードの運搬すべてを担当。写真は選手の移動用のバス。

東京ポーターサービスを始める時も、レントラ便と似たような状況がありました。近しい業者から「問題はないの?」「民間トラックの空港への乗り入れができるの?」などと散々言われ、管轄の会社も「前例がない」という理由でなかなか前に進みませんでした。

「○○だからダメ」を出発点に発想すると「ダメ」という結論にしかなりませんし、今よりもっとお客様を幸せにするサービスは生まれません。

空港や駅にはバスやタクシーのような民間の車両の待機場があるんだから、「バス待機場所にバスと一緒に随行、待機してはどうか?」と提案、交渉を進めました。同じ場所だって構わないんです。「トラックだけ別扱い」というのは、結果的にユーザーが受けるサービスの幅を狭めていると伝えました。最終的に条件(貸し切りバスに随行、他)付きでサービスをスタートすることができました。

関係各所と調整を重ね、空港への民間トラックの乗り入れを条件付きで実現。新サービスを生み出した。

ーー生産性の向上について、取り組まれていることはありますか?

山口:コロナで減った受注を補完する新サービスを始めました。トラックのシェアリングサービス「シェアトラ」です。レントラ便の隙間時間にこの新サービスを入れることによって、稼働率と利益率の向上を図ります。

1台の2トントラックに6台の専用カゴ台車を積み、最大6件(台)分の受注を1台のトラックで運送します。13県で一律¥9,980。もともと空いているリソースを活用するからこそできる、破格の価格設定です。お客様のメリットも大きいと思います。

また、社内業務で細かい部分ですが、伝票出力はkintoneに付属するソフトを使っています。以前はお客様のメールを一1行、1行コピー&ペーストしていました。かなり効率化しましたね。問い合わせ対応などにチャットボットも入れています。

ただ、運送業の生産性向上において絶対に欠かせないのが「配車システム」です。汎用的なソフトが販売されてはいるのですが、そのほとんどが固定ルートにしか対応していません。当社ではそれぞれの車両が、毎日違う無制限のパターンのルートを通るため、それでは使えないのです。

まだまだ人間の勘とグーグルマップに頼る部分が大きく、案件の増加とともにいよいよ限界に近づいています。トラックの大きさ、時間、場所など、自動的に計測してくれる配車システムがすぐにでもほしい所です。

市販のシステムをカスタマイズすると、3,000万円から5,000万円ほどかかるようで、自社でシステムを組むという選択肢も考えなければなりません。これまで、総計で1億円近い借り入れをしてきましたが、また借り入れをしなくてはいけませんね(笑)。

ーー振り返って、2度の絶体絶命のピンチを乗り越え、前に進み続けられた理由は何だったのでしょう?

山口:一度、すぐ隣に死を感じて、死を意識した人間なので、ある意味達観したような感覚はあるのかもしれません。何かあっても、あの時ほどではないというか。

でも逆に言うと、死をすごく恐れています。未知の世界だし、そもそも死にたくない。死にたくないからやるしかない。そうやってもがいた結果、前に進めていました。

そしてもう一つ。レントラ便がなかったら多分、無理だったと思います。「下請け脱却のために新しいBtoCの新サービスを作る!」というゴールを定め、そこだけを見てレントラ便が生まれました。そして、レントラ便を本気で信じ続けた、信じ抜けたからこそ、今があると思っています。

(取材・文:加藤 陽之 撮影:松本 岳治)

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